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おカネとしてのゴールドの歴史

ゴールドの歴史は富とおカネの歴史と同義です。なぜ、歴史的にゴールドが価値の蓄積として見られてきたか詳...

15 7月 2019

Glint

ゴールドの歴史は富とおカネの歴史と同義です。なぜ、歴史的にゴールドが価値の蓄積として見られてきたか詳しく述べてみましょう。

その美しさ、希少性、耐久性、可鍛性から、ゴールドは歴史を通じ一貫して、富、権力、地位の象徴として根付いてきました。ブルガリアのバーナネクロポリスは、古代トラキア人(トラキア人は古代の東ヨーロッパ周辺に住んでいた民族。インド・ヨーロッパ語族に属するトラキア語を話し、古代ギリシアやローマ帝国の文献に現れ、当時のヨーロッパでは有数の人口と勢力を誇ったといわれます。考古学的には多数の精巧な金製品をはじめとする遺物・遺跡で知られます)により支配されていましたが、金の採掘者たちによると紀元前5世紀前にさかのぼるそうです。

古代世界 

ピラミッドの冠石にゴールドのメッキを使う、またゴールドを加工する製錬の窯を熱するために粘土の吹使用するなど、古代エジプトではゴールドを非常に好みましたが、ゴールドが2500年後まで広くおカネとして使われるまで、ゴールドは広くは使われませんでしたエジプトでは物々交換が主流でしたが、ゴールドのバーを交換のための重量測定に使っていました。紀元前3100年頃、エジプト支配者のメネスは、エジプト経済にゴールドを利用する基礎を作り、ゴールド1つは、銀2.5個と等価値であると命じました。 

東の方では、近代パキスタンに近いインダス谷の文明によって使われた、「試金石」として知られた金の含有量を調べた道具の記録も残っています。金属純度の管理方法はゴールドの正確な評価する方法の基礎となり、これは価値を見せるためのゴールドから経済的な影響力を見せるための容易に見れる交換尺度に移行するための重要な発達でした。 

 

国家による造幣 

最初にゴールドをおカネとして宣言したのは、紀元前600年ほどに、今日のトルコの古代王朝であるリンディアのアルヤッタ王で、最初の造幣の記録を監督していました。エレクトラムとして知られたゴールドと銀行の合金は、コインを作るために使われ、コインには通貨単位を記した絵が刻まれていました。他の文明もすぐにこれに続き、ペルシアのダリウス1世は純度が95.83%の金貨を導入しました。これは銀貨20枚分価値に相当します。今日の中央集権化された通貨制度のように、ダリウスは通貨の鋳造は特権であり、通貨の密造をした者は死刑に処したのでした。 

ゴールドは、古代ギリシア、カルタゴ、ローマなど、他の文明との競争の相互作用を通じて、ヨーロッパに伝わりました。250年後の有名なアウレウスの鋳造に先駆けて、紀元前300年に金貨を公式に導入するまで100年間、ローマ社会事実上使っていたコインがありました。金貨はヨーロッパの文化に溶け込み、ローマの滅亡の後、ビザンチン帝国が中世までその伝統を引き継ぎました。 

 

中世

1066年にノルマンの征服者が、「1ポンドの銀」という意味で、「ポンド」という言葉を作り出しました。それは今日私たちが使う「スターリング」のことで、イングランドは14世紀にノーブル金貨に移行しました。しかし、ヨーロッパ大陸においては、聖ローマ皇帝フレデリック二世により導入されたドイツのAugustalisと並んでイタリアのフローリン・コインがヨーロッパ大陸でも流通したコインの一つとなりました。 

同様に有名なベネチアのドゥカートは、ビザンチンのHyperpyronの品位低下の後、それに匹敵するものとして作られました。この通貨は、ベネチア人は東洋からの輸入品に対する支払いとして使っていましたが、ヨーロッパで500年間にわたり最も広く流通した硬貨となりました(地域によっては、多くの変種もありました)また、16世紀になると、スペインの征服者たちは新世界から大量のゴールドを盗み出しおカネが増えたために、ヨーロッパでスタグネーションやインフレーションを引き起こしました。 

 

現代にいたるまで 

17世紀までにゴールドの生産はさらに発達を遂げ、商店が得たゴールドは貨幣により貯蔵されました。イングランドのチャールズ1世が強制的な貸し付けとして没収した後、商店や取引業者は自分たちの富をロンドンの民間の金細工職人に託すように変えました。これらの民間の細工職人たちは、ゴールド市場でゴールドの保管、貸し付け、取引を扱っていたのです。もともとゴールドの所有を称するために預かり証が発行されておりましたが、細工職人は少額の手数料で預かり証を再貸付したり、売買したりするようになりました。これが今日の紙幣と部分準備銀行制度原型の一種で、利便性の下、元の資産を上回る所有権として流通し始めたのです。 

近代初期においては米国は金属と紙幣の選択肢を使い分けました1792年の通貨法Coinage Actで米国の貨幣と紙幣が誕生し、金本位制が1879年に導入され、1900年にそれは強化されました。英国においては1816年にゴールドに対して英国ポンドがいくらに相当するかが正式に定義されました。主要列強は、20世紀にかけて戦費を調達するために定期的にゴールドを放棄しはじめ大恐慌以降になると、連邦政府により金本位制は徐々に損なわれ始め英国においては1931年に、米国においては1971年に金本位制は廃止されました。今なお、多くの中央銀行がかなりの金を保持しておりますが、ゴールドを通貨の裏付けにするという近代の通貨制度は正式にはなくなったのです。 

 

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